平成22年度卒業式

2011.03.31 14:44|卒業式
平成23年3月11日、平成22年度卒業式が行われ、この日47名が卒業しました。

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以下、学校長式辞の掲載です。

2011年 3月11日卒業式式辞
「春は名のみの風の寒さや」の歌詞の通り、春は、せっかく青森まで開通した新幹線を利用せず、律儀に在来線で来ているらしく到着が遅れそうですが、ここに多数の御来賓ならびに保護者の方々の御臨席を賜り、卒業式を迎えられたことを心から感謝申し上げます。

 卒業生の皆さん、おめでとうございます。
教職員と在校生を代表してお祝いを申し上げます。
国家試験の発表前なので、喜びも半分と言うのが本音でしょうが、いつも皆さんを支えて下さる御両親をはじめ御家族の皆様、実習先の病院の諸先輩や教職員ならびに関係各位にとっても皆さんの卒業は、それ自体で大変喜ばしいことなのです。
過密な授業と、厳しい実習を乗り越えて来られた皆さんには心から敬意を表します。特に、準看護師から正看護師になるために本校に入学され、この日を迎えられた2科の卒業生の皆さんは、本人の強い意志は元より、御家族や職場の方々など多くの人々に支えられて来ただけに、万感胸に迫る想いがあると思います。

今日卒業される皆さんと私は本校での同期生になり、3年前の入学式が私の初仕事でした。
祝辞の中で「私は医療の仲間として看護師を尊敬しています。手術室やICUでは、手術の介助とか人工呼吸器の管理など、看護師が何かすることの素晴らしさ、doingの素晴らしさを教えられました。しかし、緩和ケアでは、余命が限られた患者さんや家族の悩みをひたすら傾聴し、苦しみを理解しようとする存在感のある看護師から、beingの重みを学んだからです。
Beingの重みがある看護師には、優れたdoing、すなわち看護知識と技術という確固たる土台がありました。まず、基礎を作り上げてください。そのお手伝いが出来れば、と考えて、看護学校に来ました」と申し上げたのを覚えていると思います。
皆さんが期待に応えようと3年間一生懸命に努力して来られた事が「研修報告」や「私の看護観」などの発表を通じてひしひしと伝わり、大変嬉しく思いました。
しかしながら、小冊子「ひまわり」にも書きましたが、卒業されると皆さんは理想と現実の想像以上のGAPに悩まれると思います。

先日、認知症患者虐待で実刑判決を受けた元看護師も「仕事での評価が得られず、『看護師としてこうありたい』という理想と現実のGAPの悩みを患者にぶつけてしまった」と涙ながらに語っていました。一方、今回のニュージランドの地震では、亡くなられた方の中に多くの看護師が居られた事が判りました。医療の恵まれない国に出掛けて、その国の看護のGAPを少しでも減らすために、身を粉にして働き、殉職された看護師の方々に心から哀悼の意を捧げます。

ある医学雑誌に掲載されたのですが、「我が国の看護師養成を大学教育にシフトさせて、より高度な看護学を学び大病院のICUやERなどで働く、場合によっては医師の仕事の一部を代行できるような専門的な知識と技術を持つ特定看護師などを養成する必要がある。しかし、一方で高齢化社会への対応として慢性期疾患や老人医療、緩和ケアなどで患者に寄り添う看護師の必要性も高く、そのような看護の場では専門学校や准看護学校出身の看護師の方がより適切な看護が期待できるのではないか?」と述べております。
このような考えこそGAPを生み出すのだと思いますが、残念ながら医療界の一部には、専門学校出身の看護師や准看護師を療養型病院の老人看護や終末期医療の緩和ケア看護要員と考える誤った風潮が根強くあるのも事実です。

私は麻酔科医として手術室やICUにも、緩和医療部門にも携わり、いずれの領域でもトップランナーと言われる看護師とも、専門学校出身の看護師や准看護師とも一緒に働いてきました。その経験から言うならば、確かにトップランナーになる事と、その分野の仕事を担って底上げしていく看護師になる事は多少違っているかも知れません。しかし、どちらが大事か、いずれの道が看護師の理想に近いのか、などと考えるのは間違いで、どちらの役割でも「プロ」と言われる看護師は素晴らしい方ばかりでした。

もし、理想とGAPがあるならば、さらに挑戦して乗り越えて欲しいのです。その意味で一科の学生諸君は、2科の皆さんと一緒に卒業式を行える事の重さを、今日、あらためて噛みしめてください。何故なら2科の皆さんは、GAPや偏見に押し潰される事なく「自分の理想とする看護を行うために資格が必要ならば取ってやろうじゃないの!」と、医療現場で働きながら、自らの道を切り開いて、今、皆さんと一緒に卒業式に臨んでいるからです。

 もし、本当に資格が要求されるならばさらに勉強して取得すれば良いのです。
もっと専門的な技術の向上が必要ならばさらに研修して技術を磨けば良いのです。
そして、より存在感のある看護師、beingとして優れた「心のケア」を担う看護師になりたいと願うようになった時には、担う看護の分野に関係なく一人の人間として成長するために、人生を真正面から見詰め直す時が来たと思い、真摯に対応して下さい。

 拙い話ではありますが、皆さんの卒業にあたっての祝辞とさせていただきます。
最後になりましたが、卒業生ならびに御列席の皆々様の御健康と益々の御発展をお祈り致します。

平成23年3月11日 
八戸看護専門学校 学校長 山室 誠


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以下、第1看護学科 卒業生代表 「卒業に寄せた言葉」の掲載です。

 厳しい冬もようやく終わりを迎え、寒さの中にも春の息吹が感じられるようになりました。八戸看護専門学校での学びを終え、第19回卒業生としてこの日を迎えられたことを大変嬉しく、また感慨深く思いながらこの場に立っています。

 入学してからの3年間は毎日忙しく、あっという間に過ぎていきました。“看護師になりたい”という夢を持ちこの学校に入学しましたが、学内での講義や実習では、初めてのことに戸惑い高校生活からは想像もつかないことの連続でした。学内での学習は、初めて聞く専門用語や人体の構造など医療・看護の難しさを感じました。また、2年生になってからは、
学びの場を臨床に移しての実習が始まりました。当初はただただ課題をこなすだけの実習になってしまい自分自身に余裕がない状態でした。帰宅し少し仮眠のつもりが熟睡し、まだ何時間もあるという余裕が絶望に変わった事も数えきれません。しかし、回数を重ねるうちに生活のペースをつかめるようになり、自分自身の知識も増え、提供できる看護も増えていきました。その反面、臨床実習では自分が行っている看護は患者様のためになっているのか、これでよいのかと自問自答することの連続でした。そんなときでも、闘病中の患者様の笑顔や言葉に励まされ、患者様と一緒にリハビリに取り組むなど自分が関わることで退院に向かっていく様子を見て、看護という職業の喜びとやりがいを実感することができました。

 実習を終えて今はっきり言えることの1つは、看護師は相手をどれだけ尊重できるかが重要であるという職業だということです。患者様のことを考えて立案した計画でも、実際には患者様の思いや考えが反映されていないことがありました。治療・看護に患者様の思いが入らないことは、看護者側の満足になってしまい患者様の満足には繋がりません。患者の思いを傾聴し、看護に反映することは、結果的に患者を尊重することに繋がると考えます。実習を終えて振り返り、看護観をまとめることで改めて、気づくことができ、よい学びとなりました。

 実習以外に行われるクラス活動でも学んだことは多かったです。私たちのクラスは、相手の良い面に目を向けられず、他者を認めることが苦手だったと思います。学校祭などの行事では、準備が思うように進まず、相手のせいにして衝突することが多々ありました。しかし衝突を重ねお互いの思いを言い合うことで相手の良い面も悪い面も含め、相手を理解できるようになり、最後の国家試験勉強では、自分の持っている知識を他者と共有し、お互いにないものを吸収し合い、自分との闘いである国家試験もクラス一丸となって取り組めました。高校とは違い、年齢の異なる人や考え方の違う人と関わることは自分にないものを相手から学び、自分を高めていくことに繋がりました。これは看護師としての成長だけでなく、一人の人間としての成長にも繋がったと考えています。

 最後に、今日まで歩んでこれたのも、指導してくださった臨床指導者を始め、病院スタッフの皆様、学内の先生方、いつも支えてくれた家族・仲間、そして協力いただいた多くの患者様のおかげだと実感しています。これから別々の場所で新しいスタートを切ることになります。聖華式での誓いの言葉にある、「その人らしく生きていけるよう、温もりと思いやりのある看護」を提供していきたいです。
私も自身の看護観である「患者と共に歩む看護」を常に念頭に置き、患者様・ご家族の方と一緒に歩んでいける看護師を目指していきます。これまで得た知識・技術・そして看護師として専門職者としての誇りを持ち、医療に貢献していくことを決意し、卒業に寄せた言葉とさせていただきます。

平成23年3月11日
第1看護学科 卒業生代表
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テーマ:学校行事!
ジャンル:学校・教育

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